2010年 2月 上海(中国)に行く。
現在、上海Shun Art Gallery主催のNew Year Exhibitionに参加しており、その視察と観光を兼ねて上海へ。古い倉庫街をリノベーションした莫干山路50号(通称M50)という芸術地区に80〜100位?のギャラリーや作家のスタジオが入居していて、欧米の作家も多く入居してるそうだ。Shun Art Galleryもその一画にある。
広大な土地と開発可能な廃屋などのハード部分、裕福層の増加、上海アート市場のポテンシャルの高さを感じずにはいられなかった。
M50の風景。


Shun Art Galleryにて。
小生の作品をロシアからのお客様が購入したそうで、海外からのお客様も多いそう。


M50周辺の風景。

新旧が混在する上海の風景。19世紀の欧州租界、庶民の下町、歴史的寺院、近代建築etc.。上海は5月に万博を控えておりどこもかしこも工事中。。







2009年 9月21日 佐倉(千葉県)に行く。
高校時代からの友人、本山ひろ子氏の個展を観に行く。鋳物の小作品がメインの展示会で、彼女の人柄が伺えるとてもピュアでユーモラスな作品達だった。
「本山ひろ子」展2009年9月21日〜26日
ギャラリー風草 http://blog.livedoor.jp/kazekusa/
本山ひろ子氏HP http://www.motoyamahiroko.jp/
子豚の列は、鋳物の重量や質量が地に根を張り時が止まってしまったような・・静かな行列。



2009年 4月 京都へ行く。
個展の為京都へ。スギザキユウスケ展"The constant change"4月7日(火)〜12日(日)
(同時代ギャラリー・コラージュ http://www.dohjidai.com)
個展は盛況、桜見物は画材屋に行った時に少しだけ。五条大橋から撮影した一枚。

満開の桜、もう一枚。

個展での新作。全てキャンバスにシルクスクリーン版画。展示していた新作品は、近日中にArt worksのページにUP予定。

個展1週間前に完成した最新作。

ギャラリー屋外からの写真。

個展でシルクスクリーンによる手刷りの手ぬぐいも販売。好評につき完売の柄もあり。ギャラリーは三条通りに面していて人通りも多く、本当にたくさんの方に足を運んで頂いた。販売していた最新作の手ぬぐいは、近日中にArtist goodsのページにUP予定。


2008年 9月 京都へ行く。
何度目の京都旅行か忘れたけど、けっこう頻繁に行ってる。新撰組や幕末に関係する史跡を巡って幕末ロマンに浸るのが好きである。
後に新撰組となる壬生浪士組の屯所、八木邸。芹沢鴨が暗殺された際の刀傷が残っている。

新撰組総長山南敬助が切腹した新撰組屯所旧前川邸。旧前川邸は現在も地元の企業が社屋として使っている。
今でも、粛清とか、首になるとか、言葉だけは残っているけど、当時は本当に暗殺されたり切腹を命じられたり・・。山南敬助は意見の違いから脱走しその後捕縛され、多摩の試衛館時代からの仲間の局長近藤勇に切腹を命じられ潔く腹を切った。「浅野内匠頭でもこう見事に相果てまい」と近藤に賞賛されたそうだけど、新撰組は武士階級よりも武士であることに努めたし、山南敬助はもともと武士階級だったし、切腹は名誉な事だったのだろう。

伏見にある寺田屋。薩摩藩尊皇攘夷派の粛清事件(寺田屋騒動)の現場であり、薩摩藩士や坂本龍馬が京都滞在の際に宿として使っていた。が、現存する寺田屋は、どうやら明治になってから建造されたらしい。鳥羽伏見の戦(1868)で消失しその後再建されたという事に訂正されたそうだ。そして当時と場所も違うらしい。。龍馬の宿泊したとされる部屋もあるし、妻のおりょうが、奉行が御用で来た事を龍馬に知らせる際に使ったとされる階段もある。何度も足を運んだけど、残念・・。だけどまた行くだろうな。当時の寺田屋の空気を感じられる場所はここしかないし。

2008年 7月 山形へ行く。
写真は名刹山寺。松尾芭蕉も訪れ、閑さや巖にしみ入る蝉の声 と詠んでいるとのこと。
切り立った崖の建造物の姿は、水墨画の世界のよう。


2008年 2月 横浜で友人の結婚式の二次会
屋形船貸し切りで結婚式の二次会。屋形船自体初めての経験。この日だけは少し暖かくて海上でもそんなに寒くなかった。空気が澄んでいるし船のデッキから見えるみなとみらいの風景は最高だった。
すばらしい会でした。お二人の幸せをお祈りしております。
みなとみらいの風景。

船着場にて。

ベイブリッジの下通過。

海上から見えるみなとみらいの風景。


2007年 12月下旬〜2008年1月上旬にカナダ、イエローナイフにオーロラを観に行く。
地球上だろうか? と思ってしまうくらいありえない風景だった。こういう景色を観ると、日常の満員電車に揺られる生活が遠い非日常のように思えてしまう。時々雷鳥の鳴き声が聞こえるけど、無音の世界でのそのサウンドは、あまりに突然すぎてびっくりする。気温はマイナス30℃、寒いと言うより痛い。。。
デジカメだけど、三脚使って、絞りを開放してシャッタースピードは15秒くらいで、以下のようにオーロラを撮影することが出来た。


北緯60度を超える極地の為、こんなに太陽が低いけど、正午。気温もマイナス20℃くらい。イエローナイフは物資輸送やパイプラインの拠点らしく、オフィスビルもあって市街地はけっこう栄えている。

2007年 9月頃 会津若松に行く。
新撰組の史跡巡りをするのがわりと趣味で、会津若松の旅もその一環。旧幕府の雄藩として新政府軍と戦い、白虎隊に代表される会津の侍魂に感動した。
白虎隊十九士の墓

幕府京都守護職会津藩9代藩主松平容保の墓

旧滝沢本陣 松平容保がここで戊辰戦争の指揮をとったらしい。戊辰戦争時の刀傷や弾痕も残っていた。

2007年 3月下旬〜4月上旬頃にネパールに行く。
ネパール国内では、マオイスト(ネパール共産党毛沢東主義派)という勢力が10年近くの間、国王統治の国と闘争を繰り返しているらしく、空港や街角には国連の車両が見かけられ、事の大きさが目に見て理解出来た。しかしながら、牛、猿、犬、人、車、バイク等々がそれぞれ自分勝手に路上を支配し混沌としている空気もそれらが理由で始まったわけでもないだろうし、仏教やヒンズー教のお国柄なのか治安も最悪といった感じも無く人々はいたって穏やかだった。
カトマンズ市街の様子。

カトマンズのバザール。どこもかしこもごちゃごちゃ。

自転車じゃないんだから・・。日本では考えられないバイクの乗り方。

アンナプルナ地域のタダパニ村(標高2700m)にて。チベット人達がトレッカーの為にパーティーを開き、歌や踊りを披露してくれた。


タダパニ村にて。小生の後ろに見える山はマチャプチャレ(6993m)。

タダパニ村と、左からアンナプルナ・サウス(7219m)、ヒウンチュリ(6441m)、マチャプチャレ(6993m)

プーンヒルの山頂にて(3198m)。真ん中に見える山はダウラギリ(8167m)。

ネーパル最大のチベット仏教のストゥーパ、ボダナート。この界隈で食べたハンバーガー(みたいなモノ)で、後々下痢で苦しんだ・・。

2007年 2月頃
ニューヨークに戻り住む機会はあるかもしれないけど、ひとまずニューヨークとお別れ。


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